2/21に開催された、アーリーバードブックス始動記念、「アミダクジ式ゴトウメイセイ文学談義」vol.1 阿部和重×市川真人、のトークイベントに参加してきました。
- 作者: 後藤明生
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- 作者: 阿部和重
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そこで受付していた女性は、後藤明生のご息女でアーリーバードブックスの松崎元子さんだということが後でわかった。隣にいたのはその旦那さんだったことも後で知った。
それはそれとして、二月頭の向井豊昭と早稲田文学イベントで拝見したばかりの市川真人さんホストのイベントに同じ月に二度参加するというのもなかなかなことだなと思いつつ、ゲスト阿部和重さんの登場となって、実際に見るのははじめてだったけれど、これが非常に若い兄さん、という感じで、デビュー作から受ける印象と全然違わないのにちょっと驚いた。
トークの内容は非常に興味深くて、いろいろ考えながら聞いてるとどうにも途中で話が飛んでしまうところは生の喋りを聞く難しさだな、と思いつつも、冒頭から大西巨人と後藤明生は似ていて、特に大西巨人の合法闘争はあれはユーモアです、と阿部さんが断言し、また後藤明生もあれは合法闘争だ、という点など、非常に面白い。
また、作家の想像力は枷をはめないとどんどん際限なく広がっていってしまうから、どこかで制限しなくてはならない、というようなことを言っていて、『グランド・フィナーレ』での対話相手の人形(未読)、というのは『首塚の上のアドバルーン』のピラミッド型のボタンを押すと時間を喋る時計を下敷きにしたものだ、ということで、そこで時間をポンと出すことで小説にはある制限が生まれる、それをやりたかった、という話もしていた。あるいは、そこで、外部の声、他者の声というのを導入する、ということも言っていたと思う。
これは私には意外な観点だった。後藤明生にとって外部の声、というか対話だとか外テクストだとかは、つねに話を飛躍し、脱線を引き起こすいわばジャンプ台だと思っていたからだ。確かに他人の声を導入することで、ジャンプ台にもなりまたそれが制限にもなるんだろうけれど、作家と読者ではそれに対する見方がまったく違う、というのがとても面白かった。
ただ、ここは何か誤解しているかも知れないとは思う。阿部さんは小説を書く上で、「ある日」と書くのと「一月一日」と書くのでは、まったく違う、という話をしていて、時刻や日付といった具体的事実をたくさん作中に導入すると、元旦ならこういうことがあるよね、というお約束が大量に発生し、そこからオリジナリティを発揮させるまで小説を展開させるには非常に苦労する、という話になっていたから。それで大変苦労したのが『ピストルズ』、だったかな。
あと、東浩紀のキャラクター論を引いて、後藤明生のキャラクター小説性を指摘していたところが、どうにもわからなかった。東的なキャラクターとは、ある作中人物が、元の作品から切り離されて他の作品に登場することで、記号的キャラ、として立ち上がる、というようなことらしいのだけれど、『挾み撃ち』でのアカーキイ・アカーキエヴィチについてそう言っていたような、違うような。ただ、後藤明生とキャラ、というと、ゴーゴリだとかドストエフスキーだとか、そうした外部テクストがそもそもそうだろうし、あるいは『壁の中』での永井荷風がそうなのかな、とは思った。ここら辺はちょっと分らない。
余談も面白くて、阿部和重、東浩紀、池田雄一で、ある年のクリスマスの夜、柄谷行人宅に押しかけたら案外に歓迎されたのと、中原昌也が芥川賞に落ちた夜、蓮實重彦宅に押しかけようとしたら断られた、という対照的なふたりのエピソードなど、いろいろ。中原昌也といえば、彼も後藤明生読者だったはず。あと、市川さんも実は近大にいて、確か渡部直己の教え子だったから、後藤明生か柄谷行人の孫弟子になる、という話が意外だった。近大にいた人なのか、と。そしてそこで出てくる同時期に近大にいた倉数茂さん。
あと、『アメリカの夜』はやっぱりこれは後藤明生の『挾み撃ち』だよなあ、と思いながら行ったのだけれど、イベントでもやはり阿部さんは『挾み撃ち』が重要なベースとしてあって、でも後藤明生本人には「あれは『地下室の手記』だよね」と言われてまさしくその通りでございます、と感激した、という話をしていて、そうか、あの自意識の喜劇の作風は、『挾み撃ち』と『地下室の手記』のハイブリッドだったか、と非常に得心がいった。
話が面白かったので、『アメリカの夜』と『インディヴィジュアル・プロジェクション』しか読んだことがなかった阿部さんの最新刊の『Deluxe Edition』を買ってサインを貰った。『ABC戦争』を読もうと思って積んだままにしているので、そこから順に読んでいくのもいいとは思うけれど、これから読むか。ただ、どうでもいいことだけれど、『Deluxe Edition』の奥付のプロフィール、『インディヴィジュアル・プロジェクション』が「インディ「ビ」ジュアル」になってた。
- 作者: 阿部和重
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
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二次会にも潜り込んで、阿部さんにその話ができたらな、と思ったけれど、席が離れてしまったのでそれはかなわず。ただ、松崎さん夫妻からいろいろ面白い話が聞けたのと、市川真人さんはどうも二週間前にもジュンク堂のイベントに参加してた私の顔を覚えていらっしゃったようで、「「向井豊昭アーカイブ」の人がなぜここに?」と言われたので、「いや、わたしは元々卒論が後藤明生で、「後藤明生レビュー」というサイトをやっていて」という話をしたら驚かれたのだった。「向井豊昭アーカイブ」設立に至るには市川真人さんはじめ早稲田文学の人の協力あってのことなので、改めてお礼を言おうと思ったのだけれど、酒も入っていたので、結局言ったのかどうか覚えていない。とにかくここで、市川真人さんにはお世話になりました、と書いておきます。
しかし、「向井豊昭アーカイブ」は幻視社のサイト上にあって、「後藤明生レビュー」もそうなんだけれど、ちょっとたどりづらいか。
http://www.geocities.jp/gensisha/mukaitoyoaki/index.html
http://www.geocities.jp/gensisha/gotou.htm
ただ、行こうと思ったら、イベント入場券は店頭販売か、ツイッター・facebookでのDMで予約のみ、というちょっと敷居の高いものだったので、最初はどうしようかと思った。SNSは嫌いなので、どうにかできないかな、と思ってたところ知り合いの人が関係者だったので、そこから頼むというなんか卑怯なやり方で予約をしたのだった。結局、間近になって電話でも予約できるようになっていたらしいので、それで行けば良かったなと反省。まあ、お店のほうがイベントの予約システムがなく、ちょっと手探り状態だったとのこと。とりあえず私は次回いとうせいこうさんゲスト回のチケットを買っておいたので、次回も参加する所存ではあります。